……? …
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


      



 一味の個々の人物をきっちり把握していなかったのは、やはりどこかで舞い上がっていたか、それとも相手の手際がそれなりによかったというべきか。脅しとともに付けられた目隠しは あっさりずり降ろせてあんまり効果はなかったけれど、窓のブロンズグラス加工のせいで車内は薄暗く、自分の分担がよほどきっちり振り分けられていたものか、見張りの男以外はさっさと前の座席へ着いてしまい、それ以降は振り向いても来ないまま。だったので、一人一人の顔とか、そういえばよくよく見てはなかったなぁと、今になって少々反省の構えとなっている七郎次であり。今更ながらお浚いするなら、揃いの作業服に目深にかぶった作業帽、体格には飛び抜けて差異も無いが、全員男性ではあるらしい…というところか。地味なこしらえに揃えていたことも周到で、たったそれだけの要素では、雑踏へと紛れ込まれたが最後、無関係な人との見分けはまずは困難だろうと思われる。そんな中、最初は車の中にて待っており、連れ込まれたあとの七郎次が怪しい行動をせぬようにか、その後のずっと すぐ傍らに付いていた一味の一人。要領を心得た声の掛けようをして人質である七郎次をあっと言う間に御したかと思えば、気配を薄めてこちらからの警戒心を取っ払うという、巧妙な呼吸のようなものも会得していて。単に荒ごと慣れしているだけの男というのでもないような…と、あらためての意識をし始めたその矢先。


  「………………………え?」


 七郎次の携帯を、いつの間にやら掠め取ってたそのお兄さんは。床の上という低いところでそれを開いて見せつつ、車の走行音へと紛れるような…それでいて間近で聞く分には支障のない滑舌のいい小声で、こっそり囁きかけて来てもいて。

 「本当に困ったお嬢さんだよね。」

 無鉄砲にも程があるぞと、帽子の庇の陰から そこだけ見えている口許をほころばせた彼が打ち込んだものか。そこには次のような文章が連ねられてあり。

 【 本人と間違えられてるようだからって、
  そのまま身代わりになるという対処法は、
  はっきり言って 30点だ。
  模範解答は、
  あの場は騒ぐなりして何とか逃げ出して、
  本人へ話して聞かせ、警戒させる…だろうに。】

 まずはその文面を読んだそのまま、ギクリと胸元が冷たくなった。本人と間違えられている…という描写に、自分の正体は既に見切られていたのだと知らされたから。だがだが、それにしては その点へのやり取りが彼らの間でなされていないと、何とか追いすがるように思い出す。この子で間違いないのかというやり取りは、学園の通用口で聞いた一度だけ。その後は、緊迫感からか それともさほど打ち解け合ってる仲間ではないものか、ずっと黙りこくっていた彼らであり。いつぞやの自分たちのように、こそりと携帯を使ってツィッターで会話する…必要はなかろうから、ここはやはり、この彼しか気づいていないことなのだろう。だとして、

 「???」

 何でそれを、選りにも選って七郎次本人へ教えるのだろか。しかも、なに?この文面。30点だなんて、先生みたいなこと書いてあるし…と。これって何?と、面食らったように双眸を見開いたそのまま見上げた先の、見張りの彼のお顔もまた、巧妙にそっぽを向いてたり、明るい方に位置取りされていたりで、よくよく見てはなかった白百合さんで。こちらにしてみても、相手は怪しい一味の人間だと、目を合わせるのは何だか気後れしていたからかも知れず。そんな自分に、帽子のツバが邪魔しないほどお顔を上げて見せると、そのまま表情豊かににっこりと微笑った彼だったのへ、

 「………………?」

 あれ? アタシこの人 見たことあるぞと。警戒心よりも強い そんな感慨の方が胸の内をさわりとくすぐる。はっきり明るいとは言えぬ中で見ても、どちらかといや端正で、実際の年齢より若く見えるタイプなんじゃなかろうか。というのも、見た目の瑞々しさをだけ素直に受けとめちゃいけないような、深みとか錯綜とかいうようなものも、抱えておいでな表情だと思ったから。ちょいと呆気に取られたその間合いへ届いたのが、

 「………お。繋がったようだ。」

 携帯が言うことを聞かぬと、苛立っていた運転席の男の声で。七郎次のいるところからでは遠いし角度も悪くて見えはしないのだが、周囲を見回した彼は一旦どこぞかへ停車しようと構えたらしく。視野の中へ入って来た空隙、フェンスが張られているでなし、車が止まっているでなしという、手付かずなままの高架下という空き地を見つけると、そこへと車を進めて行く様子。いよいよ逃走から次の段階に入るのだなと、他の面子も気を取り直しの、緊張感の仕切り直しとしかかっていたらしい中、

 「……。」

 彼だけは“そんなことは知ったこっちゃない”という態度にて、器用にも携帯の縁から覗いてた指先だけで文章を追加してゆく見張りさんであり。停車するべく走行ペースが変わった車自体もやや揺れたが、七郎次もまた それどころじゃあない。だって、液晶画面へ新たに綴られた文章というのが、

 【 昨年の学園祭で、
  怪しい偽警官に振り回されたんじゃなかったっけ?】

 「………っ、(それ…。)」

 外部には知る者なぞいないはずな“それ”を何でまた知っている彼なのかが、とんでもなく衝撃的だったから。実をいや、今の今まで忘れ去ってた騒ぎだったけれど、それでもね。これだけの言い回しであっと言う間に思い出せるほど、単なる出合い頭の事故レベルじゃあない、妙に手の込んでいた代物で。

  ひなげしさんこと、平八の描いた力作絵画へ、
  真っ赤な絵の具をぶちまけられた
  …ように見える細工をしてあったなんていう

 驚きこそしたものの、手痛い目に遭ったわけじゃあない。けれど、一体何が目的だったやら、結局のところ彼女らには“なんで?”ばかりを残していった、何とも珍妙な出来事だっただけに。謎めいてた部分が引っ掛かり、余計に忘れ難いこととして、記憶の中、妙に際立った存在のままになってた一件。気にはなったが、被害らしいものがなかったことと、その程度のことで警察の記録に名前が残るのも何なのでと。届け出は不審者情報のみに留め、具体的な話はどこへも漏らしも残しもしなかったはずなのに。何でどうしてと感極まった弾み、身を起こしかけた七郎次へ手を貸すようにし、ぐいとこちらを起き上がらせてくれたものの、

 「がたがた騒ぎなさんな。」

 どちらかといや友好的だったものが一転、少々威嚇するよな調子の声へと戻った彼であり。しかも、

 「こいつはレンタカーなんでな。
  ゴキブリが居たって俺らのせいじゃねぇよ。」

 ……なんていう。時と場合と、それからそれから“人”によっては、とっても微妙な“爆弾発言”をした彼だったもんだから。

  「〜〜〜〜っ☆」

 さあっと総身が震え上がったのだろう、その条件反射の見事だったこと。それこそ“がばっ”という動作の擬音がそのまま聞こえたんじゃなかろうかというほど、勢いつけての思い切り。その身を起こしただけでは足りないか、取り込むように総身を縮め、それだけでは止まらず、天井の低さも忘れて立ち上がりかかったほど取り乱してしまった白百合の聖女様。この場にいたくないのだと見るからに判る慌てようであり、

 「…っ、何だどうした。おいっ、」

 此処までは大人しかったはずのお嬢様がいきなりのご乱心…と、前方座席の面々にもそこはさすがに届いたようで。どこぞかへと電話を掛けているドライバー氏が、携帯を頬にあてながら、残りの二人へ邪険にも顎で指図し、静かにさせろと示したものの。

 「こらこら、暴れちゃ危ねぇって。」

 両手を前に出し、どうどうどうと押さえ込むよな所作を見せつつ、一番間近にいた張り番の彼がしたことといや、

 「きっちり停まってからじゃないと、転げ落ちたら怪我をするよ?」

 後ろ向きのまんま、膝立ちになっての後背へと身を進め。まず最初にかかとが突き当たったドアへ、後方への恣意的な一蹴りを食らわせて 見事開錠。途端に車内へと昼間の明るさが一気になだれ込む。騒ぎなさんなと宥めているよな態度を見せてる素振りと裏腹、実のところは“あんよは上手”とばかり、後ろ向きというご丁寧さにて導いて差し上げている矛盾っぷりで。とはいえ、もはや そんなところへまで気を回せなくなっている七郎次であることは……皆様にはお判りでしょう。前世のみに収まらず、今生でも大っ嫌いな害虫のアレ。やだやだやだと、外に出してという恐慌状態になっているも同然、名前を口にするなんてとんでもない、誰かが言ったの聞いただけでも総毛立ってしまう“アレ”が、此処に居るとか居ないとか言いませんでしたか 確か今…と。すっかり動転して浮足立っていたがため、何が起こっているのかも判らない。

 「ほら、こっち。足元もつれさせないようにね。」

 ハッチバックを開けた格好なので、高さのある荷台から降りねばならぬが、それへも優雅にお手をどうぞとの補助をして下さって。差し出された手を杖にし、明るいお外へ飛び出した七郎次お嬢様。それでもまだまだ動転しておいでか、今にも起爆しそうな時限爆弾から少しでも遠ざかりたいと言わんばかりの逃げっぷり。

 「待てっ!」
 「きさま、何してやがるっ!」

 ここに至ってやっと、張り番だった彼が手助けしていることへも気づいたらしかったものの。遅ればせながらとドアをスライドさせて出て来かかった一味の面々の前へ、

 「あんたらには これだ。」

 腰に手を当て、しゅるりと鮮やかに全部を引き抜いたのが、細身のベルト。男性は女性と違い、腰のくびれがなく尻が平らなので、ベルトがないとたちまちズボンが落ちるというが。もう1本を重ねてでもいたものか、そういう方向への支障はないまま、引き抜かれたベルトは彼の動作一閃に操られ、長々とした鞭のように宙を舞い。しゅぱんっと撓ったその形のまんまで、足元の擦り切れたアスファルトへ叩きつけられると、

 「うわっ!」
 「な、なんだこりゃっ!」

 忍者の煙玉よろしく、ベルトそのものが変化したかのように、長いままの全身から灰色の煙を噴いた。丁度、後を追いかかってた面々の足元付近まで届いていたそれだったため、引き離されていた空間に一気に吹き上がった色濃い煙は文字通りの煙幕となり。刺激臭もするせいだろう、一味の面々は その場から動けぬままの立ちん坊状態になってしまったのであった。




      ◇◇◇



 携帯を会話中にしたままだったことも忘れ、耳元を引っ張るコードが邪魔だと無意識のうち引きはがした佐伯刑事が立ち尽くす方へ。捕らわれの身だった女子高生の手を取り、真っ直ぐ駆けて来た人物は、地味なグレーの作業服姿ながら、征樹には見間違えようのない男であり。

 「お前…っ。」
 「通報してくださいな、刑事さん。
  誘拐事件の方は無理だって言うなら、
  この騒ぎを異臭騒動とかって扱いには出来るでしょう?」

 いけしゃあしゃあと…という単語が脳裏へ浮かんだ征樹だったのは言うまでもない。にっこり微笑った彼もまた、この拉致騒動の一味の一人だったに間違いない上、

 「よ…。」
 「勘弁してくださいよ、刑事さん。」

 にっこり微笑ったままでかぶりを振ったのは、一味だっつっても救助に協力したでしょうと言いたいだけじゃない。暗に、

  この子の前でその話はナシだよ、と。

 自分の正体、彼女は“思い出してない”ようだから、こんな格好で告げるのはやばくないか?と。そんな条件まで、突き付けて来た彼だというのが判る。相変わらずに機転が利き、冴えている彼のそんなところへ、あの頃のように同じ立場に立ってる訳ではないにもかかわらず、阿吽の呼吸を合わせられる自分が、懐かしいやら…だがだが微妙に忌々しいやら。そう、彼こそは前世での自分の相棒、あの勘兵衛の率いた北軍屈指の空艇白兵部隊の、双璧とまで謳われた辣腕のもののふ、丹羽良親その人であり。彼もまた、今世へと記憶もそのままに転生していたらしいのだけれど、現在の彼が身を置いている場所は…微妙に微妙であるらしく。昨年、やはり三木家の令嬢が急襲を受けた騒動のおり、けろりとその姿を現して。それ以来、あちこちで何とはなくながら怪しい挙動の噂を聞くようにもなって。

 “勘兵衛様は何も仰有らないとはいえ。”

 自分だってそうそう“勧善懲悪”という信条を堅く守っているような男ではない。感情に揺れることだってなくはないし、公序良俗をいうのなら 公けには出来ないだろうあれこれを要領よく乗り継いで地位を得た存在もあろうことや、決まりごとに沿っての処理を待っていては到底対処が間に合わぬ事態が、全国津々浦々の何処ででも幾らでも悪化の一途を辿っている…といった現状もいろいろと知っており。そこまで話を大きく広げないまでも、官の側にいるがため、義憤に歯軋りするってのは順番がおかしくないかと思うことは山程体験してもおり。

  そういう憤懣を伸び伸びと発散させているらしい、
  困った系統の“何でも屋”を生業としている良親らしいと

 しっかり気づいているのに、いやさ気づいているからこそ。こういう場合、単に気の利かない警察官の素振りをすりゃあいいものか。いやいや、そろそろ年貢を納めさせてもいいんじゃあないかとか。微妙な葛藤に悩まされてしまう佐伯刑事でもあったりするようで。現に今も、

 「じゃあ、俺は此処で。」
 「待ちな。そういうワケにはいかんだろう。」
 「あれ? どうしてです。」
 「途惚けてんじゃあない。」
 「だって、何か起きましたか?
  警察が犯罪と認めて捜査に当たる“立件”がされたような騒ぎとか。」
 「う…。」

 彼の言い分はもっともで、しかも…あくまでも具体的な話は持ち出さないが、ちらり、七郎次のほうを見やった彼であり。そんな所作にて、彼女を助けたんだからチャラだと言われたようなもの。

 “本来なら 実行犯が何を言うか…だが。”

 そんな単純な話じゃあないだけに、ぐうの音も出ない征樹であり。彼には覚えがないながら、これもまた良親自身が手配したものか、パトカーのサイレンが近づきつつあるわ、この彼へだけこだわっていては、肝心かなめの誘拐犯らを取り逃がしかねない現状にも気づいているわの板挟み。苦々しいお顔の征樹とは正反対、事情を知らない人が見ておれば、思わず惚れ惚れするよなすっきり笑顔を見せてから、立ち去らんと踵を返しかかった“誘拐犯 下っ端その一”な彼だったけれど、

  ―― え?

 そんな彼がまとっていた作業服の二の腕辺り。しっかと掴みしめている人がある。何だ?とそちらへ視線を振り向けたれば、

 「…………………さま。」

 「えっと?」

 掠れた小声は涙がからんでいたかららしく。そんなに怖かったかい? それとも最後に出した言いようがまずかったかな、まだそんなに怖いとは思わなかったから……と、言いかかり。おっと…と口許を塞ぎかかった彼だったのへ、


  「…良親さま、でしょう?」


 今にも涙に溺れそうな、そんな切れ切れのか細いお声の七郎次であったのは。監禁状態にあって怖かったとか、そこから解き放たれてホッとして つい…という、その手の感情があふれたからじゃあない。私の前から逃げるなんて無しですと言わんばかり、懐ろへとぎゅうとしがみつき、だがだが、そんなこんなを言葉にして語るのは無理なのか。ほろほろと清らかな涙をこぼす、白百合のお嬢様だとあって。

 「…………えっと。」

 今度は良親の方が、苦笑しか選べぬまま言葉を失くしてしまったのは、言うまでもなかったりしたのであった。





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  *とうとうシチちゃんも思い出してしまいました。
   良親様、これで年貢の納めどきでしょうか?
   久蔵さんからの“結婚屋”という呼び方へ
   何ですかそりゃという大笑いも期待してていいのでしょうか。
(こら)


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